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積み木

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積み木はその名の通り「積むため」にあるおもちゃだ。
しかし、積み木遊びは積むことではなく「壊すこと」から始まる。

知らない間に高く積み上げられた積み木を見つけるとダンは、にや~っという笑顔をする。
そして、ものすごいスピードのはいはいで近づいてきて積み木の前に座る。

しかし、なぜだかすぐには壊さない。
しばらく作品を眺め、作成者の顔をちらちら見ながらためた後、ガシャーンと一撃のもとに積み木を崩す。
崩すことが面白いのかと思いきや、崩れた積み木を前にするとやや残念そうな顔をする。
少ししてからやっと笑う。

一方、「積んでごらん」と促しても自分で積み木を積もうとする気配は一切ない。
その辺にあったふたつの積み木をカチカチ言わせて遊んだり、口に入れて舐めたり…。

積み木を崩すことは0歳児にもできるのに、積めるようになるには時間がかかる。

「破壊は創造より易し」とは道徳の教科書にでも載せられそうな話だ。
かつて「積み木崩し」という流行り言葉もあった。


積み木は積む人の個性が出る。

ひたすら高く積もうとする人
壁のように平面を作って積む人
大きさの違う積み木を縦横に組んでわけのわからない物体を作る人
積み木の箱にある積み方を真似する人

シンプルなものほど個性を映し出す。

色とりどりの積み木の散らかっている部屋はちょっとだけかわいい。
ダンが寝てしまった後、突然しいんとなったリビングに色んな色や形の積み木が散らばっているのを見ると何だか幸せな気持ちがする。


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10分郵便局長

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猫は1日駅長出来ますが、0歳児は10分局長が限界です。

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ラピ

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ラピが死んだ。
23歳6カ月という長い年月、ずっとウチにいた猫だった。

急に物を食べなくなり、うとうととして数日間で逝ってしまった。
私とダンがたまたま帰っていた時の出来事で、私の2本の指で小さな心臓をマッサージされたまま戻ってこなくなった。
母は抱っこの嫌いなラピを抱きしめて大泣きしていた。

ダンとラピが一緒に写った写真はたったの3枚しかない。
といってもまともなのは1枚だけ。
ラピが死ぬ3日前、普段は庭になんて出ないラピが庭にある金魚の入った鉢から水を飲んでいるのでダンを横に座らせて撮った写真だ。

猫も赤ん坊も動くから、なかなか写真を撮るのが難しい。
おまけにラピは写真も赤ん坊も嫌いだからか、御覧の不機嫌顔である。

あとの2枚はダンが動くようになる前の新生児の頃の写真。
ラピを知らない人だと、「あれ、これがラピの写真?」と思うかもしれない。

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でも、私たちにとってはこの写真は典型的なラピの写真だ。
この2枚の写真のように、まさにラピは長年「ウチの景色」の一角をなしていた。

高尾のお寺に亡骸を持っていったら、名前と年齢を書く紙を書かされた。

紙を片手に案内してくれたお寺の人は神妙な顔をして
「13歳ですか、それはそれは…え?あれ、23歳?!」と、驚きを隠せない様子。

私たちは「はい23歳です。」と、これまでも何度も繰り返してきた言い慣れた返事をした。

この言い慣れた返事がいつもと違って変な気がしたのは、この日は長生きで元気な我が家自慢のラピのことを言っているのではなく、庭で摘んだ菊やさざんかの花に埋もれるように眠っていて二度と目覚めることのないラピの話をしていたから。

ラピより小さく生まれたダンは生命力の塊のような元気さで、1年もしないうちのラピの3倍の重さになった。

いつの間にか布切れのように軽くなってしまったラピは、12月だというのに南風が嵐のように吹き20度を超える暖かな日、駆け回っては野ネズミや小鳥を捕まえてきたウチの前の森よりも、ずっと遠いところへ行ってしまった。

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砂浜に座らせたらダンが笑った。
砂に触れたことがないのでふざけていると思ったのだろう。
それから一心不乱に砂を持ったり見つめたり・・・。

考えてみると人間って最初は砂が何かも分からず、ろくにいじることもできないのか。
東京ではダンが遊べるような砂場もないから、もちろん久高の伊敷浜の砂がダンの生まれて初めて触った砂。

少し離れて見ると何だかいっちょまえの子供になったようで感心したが、気がつくと砂を食べていたので退散した。



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久高島へ2

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久高島は沖縄のもっとも聖なる場所ということになっている。だから最近は変な宗教やスピリチュアル系といった人々が島にやってきて意味不明な石積みなんかをしていく。そういった中、島の伝統や因習を面倒に感じる島人もいる一方、ろくにその意味も分からないのに知ったふりをしておかしな説を唱える人もおり、それが旅行者に伝わるうちに、まるでそれが事実であるかのように独り歩きをする不思議な現象が起きる。

寅年の今年は墓の修理をして「洗骨」をする年だそうだ。いつもは薄気味悪がってみんなが近付かない島の墓地に、おじいやおばあが続々と入り込み作業をしている。郵便局にも局長のおじさんが本島から来て泊りこんで墓修理をしていた。2週間ほどかかるというが、いくら沖縄のお墓が大きいとは言え、一体墓ひとつなおすのにそんなに長い時間をかけるなんてどんな作業をするのだろう。私は見てみたかったが「子供を連れて墓に行ったらおばあたちに何を言われるかわからんよ。」と制止されたのでやめておいた。

結局、局長とダンと海に行った。島だから当たり前なのだけれど、海と集落くらいしか遊びに行くところは無い。最初は島の北端、カベールの岬に行った。人見知りしながらも何とか局長には抱っこされるようになったダンは、ひょいっと私から取り上げられて崖の上に立つと初めて意識する波にすくみあがっている。

「波が来るたびに足を固くしているねえ。」

波の迫力に人見知りどころでないようだ。

今度は島の東の海岸、ウパーマへ。こちらは砂浜だ。ダンはまた局長にひょいっと抱っこされ寄せてきた透明な波に足を漬けられると怖いのか泣いてしまった。

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夜はカベールで釣りをしていたテツオさんが魚を持ってきた。おじさんたちも墓から戻って庭のデッキでビールや島酒を飲みながら食事を取る。沖縄の淡白な魚はマース煮(塩煮)がおいしい。ダンはいつもとは違って大人がたくさんの夕食にちょっと不思議そうな顔をしながら、小骨が無いエーグワーのマース煮を喜んで食べていた。
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プロフィール

rarappina

Author:rarappina
一応、医者。
時々、社会学っぽく、ゆるい考えをめぐらしてみたり。
陶芸が趣味の自称「粉名人」(時々、パンも捏ねる)。
2009年末に男児を出産し、現在は医業も粉業もお休み中。
旅からの旅への日々から子育ての旅路へ…?

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