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笑う

2010年までに子供を産みます」とのかねてからの宣言通り、2009年12月29日に子供を産みました。その後、ほとんどの時間を赤ん坊と一緒に東京のマンションで過ごしているため、本家のブログ『今日からフィリッピーナ』(*1)にふさわしい話題も落ち着いて文章を書く時間もなかったけれど、これからは時々、短く何か書きます。(たぶん…。)

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子供が産まれて今日でちょうど6カ月。子供と暮らしていると毎日が発見の連続だ。寝返りとかお座りとかそんな派手なことでなくてもいい。たとえば、昨日までは電車に乗ってもベビーカーから目の前の私しか見ていなかったのに今日は隣に座る人や立つ人を観察しているとか、「あー」とか「うー」とかいう喃語が「あうー」「はーう」なり「ひゃほー」とか「ぷふー」とかいうヴァリエーションが出てきたとか、とにかく子供は毎日どこかが必ず違う。

その発見の中でも私をもっとも驚かせたのは、人間は学習によって笑いを習得するということ。

子供は生まれてすぐに泣く。お腹がすけば泣き、具合が悪ければ泣く。暑ければ、かゆければ、怖ければ泣く。なのに、人間は生まれてから数カ月もの間、まともに「笑う」ことができないのだ。

確かに「新生児微笑」と呼ばれる、口角を斜めに引き上げる表情は生まれながらにして備わっている。それは、かわいい笑顔で周りの人に大事にしてもらうためにあらかじめ遺伝的にプログラムされたものであるとされ、チンパンジーのような類人猿にも存在する。(*)

しかし、うれしいときや楽しいとき、面白いときに「笑っている」と大人から見ても分かる表情をするようになるのには誕生から1カ月くらい、「ははは」とか「きゃっ」と声を出して笑うようになるには、さらに1,2カ月ほどかかる。くすぐって笑うようになるのも3カ月くらいからだ。こういうことは実際に子供を育ててみないと分からない。人に聞いても本を読んでも実感として分からず、頭に残らず素通りしてしまう情報だ。

考えてみると「笑う」という行為はとても高等な行為だ。人間以外、一部の類人猿を除けば笑うことのできる動物はいない。類人猿だって人間ほど豊かな表情で笑うことはできない。そもそも人は何のために笑うのだろう。大人の場合、他人に優しくしてもらうためではなさそうだ。もちろん、そういう笑い方をする大人もいるけれど。

つまり、生物はネガティブな感情をあらわにして欲求を伝えさえすれば、生命を維持できる。ただ生きていくだけだったら、ポジティブな感情を笑いという形で表出させる必要は無い。考えてみると極めて当たり前なことだ。

だとすると「笑ってない」「笑えない」などというぼやきは、下等生物寄りの生命状態(?) の反映ということになる。要するに、笑いはアート(技術)であり、高等生物らしく生きるためには、そのアート(技術)の再学習や再認識が必要ということか。

これ以上続けると寝ぼけている今日の私はうっかり女性誌かPHP出版みたいになことを書いてしまいそうだ。
だから、この辺で書くのをやめよう。

・・・久しぶりに書いたらこんな有り様です。
今後にご期待ください。


(*1)せっかく頑張っていたので、たまには昔の記事も読んで昔のrarappinaを忍んでください。
今日からフィリッピーナ http://star.ap.teacup.com/rarappina/

(*2)友永雅巳ほか、『チンパンジーの認知と行動の発達』、京都大学学術出版会、2003年。
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genre : 育児

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プロフィール

rarappina

Author:rarappina
一応、医者。
時々、社会学っぽく、ゆるい考えをめぐらしてみたり。
陶芸が趣味の自称「粉名人」(時々、パンも捏ねる)。
2009年末に男児を出産し、現在は医業も粉業もお休み中。
旅からの旅への日々から子育ての旅路へ…?

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